射添地区ってどんなところ?

「射添地区」は香美町村岡区(兵庫県)内、射添小学校区に当たる16地区の総称です。

  • ・入江
  • ・和田
  • ・境
  • ・小城
  • ・味取
  • ・山田
  • ・高津
  • ・柤岡
  • ・川会
  • ・長板
  • ・熊波
  • ・和佐父
  • ・丸味
  • ・長須
  • ・原
  • ・長瀬

の16地区からなり、計498世帯1243人が暮らしています。(2022年4月現在)

村岡区の北半で矢田川を中心に集落が形成され、北は香住区、南は小代区に面しています。

地区名の由来は不詳ですが、一説にはこの地が俵石(たわらいし)を多く生産したところから「石生(いそう)」といい、それを万葉仮名で「伊曽布(いそふ)」と書き、後に「射添」になったと言われています。

かつては養蚕、畜牛、林業、製紙などが盛んに行われていました。特に製紙は、往古から「射添紙」として原、味取、長瀬、高津で生産されていました。

about ISOU

各区の紹介

地図上の地名をクリックすると
各地区の詳細が表示されます。

- さかい -

  • 人  口 16人
  • 世帯数 7世帯
  • 主な行事 伊勢参り、観音参り、バーベキュー、
    区内旅行、忘年会、とんど、氏神講
  • 歴  史 建久年間(1190-99)に平家落ち武者尾崎近業が流寓したのが村の起源とされる。
少ない人口で頑張る村

射添地区の一番香住側にあるのが境。境には山の神様が2か所あり、香住と村岡の境界のところに荒御霊神社があります。また、新しい県道には『さてこ橋』がかかり、昔、境にいた「さてこさん」の名前が使われています。境地区は年間行事も多く、人口16人で毎年行われています。人口も世帯も村岡区で一番少ない境ですが、人口が少ない中でできる行事を助け合って続けているところが、日本の田舎の先進例であり、魅力だと言えるでしょう。

長瀬 - ながせ -

  • 人  口 89人
  • 世帯数 27世帯
  • 主な行事 春祭り、盆祭り、秋祭り
  • 歴  史 知見古墳

自然がたくさんある小さな集落、長瀬。南北の谷で日当たりが少ないが夏はとても涼しく感じることができる。長瀬には木造の『但馬六拾六地蔵尊』や『名木』など歴史を感じることができるスポットがたくさんある。また、年に1回観音堂で地域の人々が集まり盆踊りが行われる。春は豊作を祈る春祭り、秋は収穫を祝う秋祭りと年に2回祭りが行われ、子どもからお年寄りまで仲良く住民一人一人が村にあるものを大切にしている。

- はら -

  • 人  口 46人
  • 世帯数 16世帯
  • 主な行事 盆踊り、秋祭り、老人会旅行
  • 歴  史 伊津神1号墳
神秘的世界観の体験地

香住へと流れる矢田川沿いに位置する原地区には、学問の神と呼ばれる菅原道真が祀られている。天満神社は1582年に建てられ、北野天満宮からご神体までが祀られ、とうかく寺、東岡寺、東仏寺が集められている。また、田んぼが広がり、農業をすることもできるた め、日本の文化を肌で感じる生活を送ることができる。日本の文化に興味のある外国の方や、歴史好きの方はぜひ訪れてみてはどうだろうか。

原地区には天満神社、薬師堂、古墳など、歴史を深く感じることができる場所がある。毎年10月25日には、黒野神社から神主が来られ、祝詞をあげる。また、もちまきをしたり、神輿を担いだりと住民が少ない中でも伝統を大切にしている。

山田 - やまだ -

  • 人  口 97人
  • 世帯数 48世帯
  • 主な行事 道路愛護、千日参り、地蔵盆、念仏まわり
多種多様の滝

山紫水明な渓谷の中に山田集落はある。川の音が聞こえるくらい静かな地区だが、実は一人でも安心して暮らせるほど助け合いが強く、ボランティア精神が旺盛な住民が多く、集落内がまるで家族の固い絆でつながっているような風習が残っている。

自然の癒し

山田には四十八滝と呼ばれるほど、多種多様な滝がある。三段の滝や、どんなに耳を澄ましても水の音が聞こえない滝など、人間の手では決して実現できない自然の芸術がここにはある。数多の時間と偶然が生み出した造形。翠の谷間から流れ落ちる山田川の水は、ガラスのように透き通っていて、疲れた人の心に潤いを与えるだろう。

味取 - みどり -

  • 人  口 160人
  • 世帯数 60世帯
  • 主な行事 花見、盆踊り、芸踊り、秋祭り、ささら行列、とんど、敬老会
  • 歴  史 味取俵石、伊曽布神社
この“みどり”を守り続けよう

鮎、うなぎがいる矢田川を挟んで東側、西側に分かれるが、味取橋でつながっている集落。夏には盆行事で帰省客も交じる盆踊り、小・中学生等の芸踊りを続けている。また、ニジマスのつかみ取りや但馬牛のBBQもあり、参加者は交流を楽しんでいる。秋には秋祭りや収穫祭なども行っており、区民同士の 関わりが深い。
この数十年で変わってしまったこともあるが、味取区を守り続けたいと願う区民の心は何一つ変わっていない。
区・町の行事等へ参加して、心遣い、ふれあいをする地域思いの人がたくさ んいる居心地のいい集落だ。

長須 - ながす -

  • 人  口 63人
  • 世帯数 21世帯
  • 主な行事 一軒一鉢作り、ひまわり作り、村カフェ、男の料理教室、都会の子ども田舎暮らし体験、紙漉き、ふる里長須を語る会
  • 歴  史 紙漉き
みんなの笑顔が 集まるところ

公民館を使って行われる行事がたくさんある。例えば、地域の男性が料理を作って女性に振舞う「男の料理教室」。村カフェ。昔、長須に住んでいた方々も集めて公民館でのお泊り会など。区民の方が集まるイベントがたくさんある。長須の方に「この地区にいて一番楽しい時はどんな時ですか。」と聞くと皆さん「集まってしゃべる時が一番楽しい」と答えてくれた。この公民館は区民の方たちの憩いの場になっているのだ。

小城 - こじょう -

  • 人  口 12人
  • 世帯数 8世帯
  • 主な行事 盆踊り・盆まつり(現在は廃止)、村岡ダブルフルウルトラランニングでのエイド
  • 歴  史 1984年の集団移転(和田へ)により、当地には現在誰も住んでいない。

射添地区に佇む集落、小城。この集落は広く、そこには、豊かな自然が広がっているが、現在はだれも住んでおらず、家だけが残っている。子どもの進学、若者の就職などで村を離れる人が増え、残された人々は何度も相談し、利便性の高い和田地区に集団移住することになった。
そんな小城は、平家が落ちぶれて逃げ込んだ場所ともいわれており、「小城」という地名は「小さな城」があったことが由来している。

小城から山田に流れている山田川には滝が多く存在する。数が多いという意味を表す「小城四十八滝」で唯一名前が付けられている滝がある。村の交差点近くにある「サナの滝」という滝で、とても深い場所にあるため滝を眺める遊歩道や案内板も整備されていない秘境の滝である。とても涼しい場所で素晴らしい景色を見ることがで きる。
また、集落を抜けて林道を蘇武岳方面へ走ると、見晴らしのいい場所に「小城集落眺望駅」という看板が見える。そこでは小城集落を一望することができる。
ぜひ、小城を訪れて滝の景色や小城全体の景色を楽しみ、写真に収めてほしい。

高津 - たかづ -

  • 人  口 134人
  • 世帯数 56世帯
  • 主な行事 鮎祭り、運動会
  • 歴  史 但馬国にしかた日記(1557)には田中彦左衛門殿をはじめ田中氏の一族が住したとある。

高津は、アユ、カニ、ウナギ、コイなど多くの生物が生息する矢田川を中心に集落が形成されている。この集落は子どもが少なくなっているが区民の繋がりを大事にしようという思いはどこよりも強い。アユ祭り、運動会を始めとして区民旅行や盆祭りなど区民の交流の場が多くある。
アユ祭りは20年以上続く伝統ある行事だ。川に入ってアユやウナギを捕り、子どもたちは魚のつかみ取りをするなど区民同士の交流の場や川との触れ合いの場になっている。
また、矢田川でとれるアユを使ったアユ寿司やカニだしの味噌汁は区民の自慢の料理。一度、食べてみるのはいかがだろうか?

和佐父 - わさぶ -

  • 人  口 35人
  • 世帯数 13世帯
  • 主な行事 子ども会・老人会交流
  • 歴  史 秀吉の弟(異父弟)軍勢が射添を通った際、道案内をしたものが住み着いた。

棚田百選の西ケ岡田んぼがあり、棚田と長楽寺が一望できるスポットがある。昔ながらの風景に愛着を覚え、あなたの心をきっと和ませ癒してくれるはず。
お昼には、お結びとお味噌汁を持っていってはいかがだろう?和佐父で頂いた、お米と豚汁のおいしさは今でも忘れられない!口いっぱいに広がる、棚田米の甘さと香りをご賞味あれ!

丸味 - まるみ -

  • 人  口 32人
  • 世帯数 9世帯
  • 主な行事 げんき村の活動
  • 歴  史 村祭りなど昔は行事もいくつかあったが、今はほとんどなくなってしまった
元気の源はよく食べ、よく笑い、よく歩くこと

元気な方が多い丸味集落。初対面でも家族のように接してくれ、話していると自然と笑顔になれる。
そんな丸味地区では『げんき村』という活動をしている。ゆきわり大根を育てたり、「ミョウガ寿司」を作ったりと住民が協力している。また、集落内だけではなく、神戸マルシェといった地方のイベントでも活躍をしている。そして1年に2回、姫路から親子を招待し季節に合った丸味集落ならではの行事を開催している。

川会 - かわい -

  • 人  口 132人
  • 世帯数 48世帯
  • 主な行事 子ども芸踊り、射添の盆踊り、川会の祭り、運動会
  • 歴  史 大洪水時の山崩れ(1540)による長楽寺の倒壊と再建。松尾神社の焼失(1968)と再建。
大仏だけが魅力ではない

長楽寺、但馬大仏に見守られる地区・川会。矢田川と湯舟川が合流する地形が地名の由来である。大仏の輝きに負けず劣らず、区民間の結束力がピカリと光る。まちを盛り上げるために、区民の男性は長楽太鼓を、子どもたちは子ども芸踊りを地域内外で披露する。一度足を運び、川会の迫力を感じてみてはどうだろうか?

長楽太鼓、子ども芸踊り

長楽太鼓は30歳から70歳の男性で行われている。この太鼓は第42回全国植樹祭での披露をきっかけに、現在でも継承されている奉納 太鼓である。幼稚園児から中学生は『子ども芸踊り』を行う。毎年、地区の祭や町の福祉施設で演奏され、区民に元気を与えている。世代間の伝統継承が確実に行われていることが、この集落の持続の証であり、区民の強い結束力をもたらしているのであろう。

和田 - わだ -

  • 人  口 87人
  • 世帯数 37世帯
  • 主な行事 とんど(正月、節分の2回)、菖蒲綱、 懇親会、子ども神輿
  • 歴  史 かつて山陰道の宿場町として福岡・村岡と並ぶ賑わいを見せた。飲料工場、薬屋、酒造などがあった。

地区内を歩けば、穏やかな雰囲気が感じられる。かつてラムネ屋、薬屋、豆腐屋、雑貨屋、旅館、酒蔵などがあった真っ直ぐな町道沿いには、整然と家屋が並び、往年の賑わいを感じさせてくれる。 時代の移り変わりとともに「子どもたちの遊び場は屋外から屋内へと変わった」と長老たちは言うが、和田の町並みは、今日も静かに子どもの帰りを見守っている。

地域住民の集いの場

毎年6月5日前後の日曜日に菖蒲で綱を作り、その綱で綱引きを行っている。 その昔、今の皇大神宮がある場所には大きな池があり、龍がいると言われていた。 龍は池の前を通りかかる人を次々に食べてしまう。ある時、通りかかった一人のお坊さんによって退治されたが、 翌年に火事や盗難、大洪水が相次いで起こったため、これを龍の祟りと考えた。そこで、菖蒲で龍を作って祀り、 池のほとりに祠を建てた。神宮に信仰が集まるにつれて、その怒りもおさまったそうだ。菖蒲綱を作らなかった年は、 多くの災難があったとも言われている。菖蒲綱は地域の安全を守る大切なものとなっている。また、地区の有志団体である 「菖蒲会」は、菖蒲綱祭りの日にバーベキューを開催し、お年寄りから子どもまで幅広い世代の交流の場にもなっている。

入江 - いりえ -

  • 人  口 113人
  • 世帯数 54世帯
  • 主な行事 きつね狩り(きつねぎゃあろ)、 シリハリ、傘踊り
  • 歴  史 かつて集落は現在地より北方の城山の麓にあったが、山崩れにより現地に移転した。但馬内屈指の観音様がある。

村岡トンネルを抜けると最初に見える集落『入江』。ここには村を挙げて行われる『きつね狩り(きつねぎゃあろ)』という行事があり、香美町の『無形文化財』に登録されている。

江戸から伝わる伝統

『きつね狩り(きつねぎゃあろ)』は、1月8日の夜10時ごろ行われ、お嫁さんに来てもらった家の結婚祝いとして千両箱を持って行き、古くからある民謡を歌う。また、それと同時に区の入り口に御幣を立て鐘を叩きながら地区を歩き、厄払いも行われる。この厄払いでは家の電気を消して、鐘を叩い ている人を見ないようにしなければ目がつぶれるという言い伝えがある。入江ならではの伝統行事をあなたも味わってはいかが。

長板 - ながいた -

  • 人  口 144人
  • 世帯数 45世帯
  • 主な行事 バーべキュー、敬老会、花嫁行列、
    山の神様を祀る(11月、3月)
  • 歴  史 長板城、細尾城

学校の先生が多い長板集落。小代の谷に入る際に必ず通る小代口を入ると長板集落が現れる。江戸時代中期から伝わる伝統行事『花嫁行列』を毎年10月8日に行っている。男性が女装して、花嫁になり、集落を一周する。

江戸から伝わる伝統

この花嫁行列は、一度なくなってしまいました。しかし、もう一度自慢できるこの花嫁行列を復活させたいという住民の強い意志から再興し、現在も毎年10月8日になると、長板区民は仕事を休んで、この花嫁行列に集落一丸となって参加しています。五穀豊穣と子孫繁栄を祈念して行っており、花嫁になった男性が、次年度の花嫁を指名します。平成会館での婦人会による着付けも花嫁行列に欠かせない大切な役割です。

熊波 - くまなみ -

  • 人  口 77人
  • 世帯数 35世帯
  • 主な行事 神社の祭り、花見、渓谷祭り、
    グラウンドゴルフ、秋祭り、
    囲碁ボール、芸能発表大会
  • 歴  史 鉱山(金山)跡、大照山の争い、太平神社
老若男女、みーんな集まれ!!

新温泉町へ向かう坂道をしばらく進むと道沿いに花壇があり、そこを曲がると熊波集落が見えてくる。
集落の入り口近くには“はす池”がある。このはす池はしゃくなげ会の方々が管理しており、毎年7月上旬頃に花を咲かせる。また、はすの花だけでなく、ひまわりやコスモスも育てている。
花が咲かない春先には、はす池の場所をきれいに保つため牛を放牧し田を耕している珍しい光景も見ることができる。地域の方々が大切にしているはす池を見に来てみてはいかがだろうか?心が癒されること間違いなし。

熊波集落はこの地区を盛り上げようと頑張る人たちが多い。そのためか行事がとにかく多い。花見に渓谷祭り、秋祭りに芸能祭などがあり、老若男女問わず多くの人が参加している。
その中でも渓谷祭りはだれでも参加でき、ヤマメのつかみ取りやレクリエーションなどが行われており、子ども連れの家族やお年寄りの方々、若者、すべての人が盛り上がれる祭りだ。さらに昼食には、焼き肉や焼きそばも提供されている。
熊波地区の温かさを感じることができ、一緒に楽しむことができる渓谷祭りに、家族や周りの人たちも一緒に誘って参加してみてはいかがだろうか。

柤岡 - けびおか -

  • 人  口 144人
  • 世帯数 66世帯
  • 主な行事 芸踊り、運動会、どんど、節句参り
  • 歴  史 柤岡遺跡、柤岡城、万福寺、隠し鉱山、秀吉軍因幡侵攻ルート、大照山の争い
山奥に存在する『天空の村』

国道9号線から少しはずれた坂の上には山々を見下ろせる景色が広がる。ここは『天空の村』と呼ばれる柤岡集落。柤岡には明治初期から現在まで続いている『芸踊り』がある。芸踊りは毎年盆踊りの余興として行われており、射添地区の他の集落とは違う音頭が用いられている。これは柤岡地区が旧二方郡(現新温泉町)に属していたからである。周りとは一味違う芸踊りを見に来てみてはどうか。

各地区の紹介及び使用している画像は全て「集落魅力発信プロジェクト むらの風景 〜射添 Edition〜 香美町集落ガイドブック vol.3」(2020年 兵庫県立村岡高校 発行、鳥取大学地域学部 監修)より引用しています。